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最高裁判所第二小法廷 昭和44年(オ)1134号 判決

上告人

破産者粕谷光男破産管財人

伊藤俊郎

上告人補助参加人

宮城県信用保証協会

代理人

工藤鉄太郎

被上告人

早坂市太郎

代理人

勅使河原安夫

主文

原判決を破棄する。

本件控訴を棄却する。

原審および当審における訴訟費用は被上告人の負担とする。

理由

上告人ならびに上告補助参加代理人工藤鉄太郎の上告理由について。

原審の確定した事実は、次のとおりである。すなわち、訴外粕谷光男(以下「破産者」という。)は、昭和三七年一〇月破産申立を受け、同三八年一月一六日午前一〇時破産宣告を受け、上告人が破産管財人に選任された。破産者は、訴外日北加工木材株式会社(以下「訴外会社」という。)の設立以来の代表取締役であつたが、被上告人は、破産者と訴外会社を連帯債務者として、原判示のごとく昭和三七年一月二九日より同年三月二三日までの間に数回にわたつて貸し付けた合計九〇〇万円の貸金債権を有していた。そして、被上告人は、右貸金債権の担保として、昭和三七年三月二三日、破産者からその所有の本件山林持分に抵当権の設定を受けたが、その登記は未了であつた。破産者は、被上告人に対する右債務以外に、訴外会社の銀行借入金合計五九五万円について連帯保証をし、かつ、補助参加人も右借入金につき保証をしていたので、補助参加人の保証債務履行による訴外会社に対する求償権について保証債務を負担し、その他の債権者に対し、原判示のごとく合計六〇〇万円以上の借受金債務、連帯保証債務を負担していた。そして、これらの債務に対し、破産者の資産としては、本件山林持分が存するだけであつた。しかるところ、被上告人は、破産者に対し、本件山林持分を被上告人に売却し、その代金債務を前記貸金債権と対等額において相殺することを求め、破産者がこれに応じたので、昭和三七年七月一一日頃、破産者との間に代金四五〇万円で本件山林持分の売買契約を締結し、同月一三日、右売買代金債務と前記貸金債権の損害金ならびに元本の一部とを相殺した。

原審は、右の事実を確定したうえ、破産者の右売買および相殺が破産法七二条一号所定の詐害行為に該当するとの上告人の主張に対して、本件山林持分に被上告人のために設定された抵当権は、未登記であるけれども、登記を経由した抵当権と同様に、被上告人は、右抵当権に基づいて競売の申立ができ、一般債権者に優先して担保物件から被担保債権の弁済が受けられるのであるから、右持分の価格から被担保債権額を控除した残額が破産債権者の共同担保となるところ、右持分の売買価格は相当であり、かつ、抵当権付債権との相殺である以上、破産債権者の共同担保を害したことにはならず、したがつて、右の売買および相殺は否認権行使の対象となるものではない、として、上告人の本訴請求を棄却した。

しかしながら、抵当権の設定を受けた者であつても、その登記を経ない間に設定者が破産宣告を受けた場合には、右抵当権設定をもつて破産債権者に対抗することができないものと解すべきであるから、このような未登記抵当権者は、他の破産債権者の弁済を受けることはできないのであつて、右の被担保債権額の如何にかかわらず、目的不動産は、その全価額について破産債権者の共同担保となるものと解すべきものである。したがつて、破産者が未登記抵当権者たる債権者と通謀して、右債権者だけに優先的に債権の満足をえさせる意図のもとに、その唯一の資産たる不動産を、売買代金債権と被担保債務とを相殺する約定のもとに右債権者に売却した場合には、たとえ右売買価格が適正であるとしても、右売買は破産法七二条一号所定の詐害行為として否認権行使の対象となるものと解するを相当とする。しかるに、これと異なる見解のもとに、本件山林の持分の価額から被担保債権額を控除した残額のみが破産債権者の共同担保となるとし、そうである以上、本件売買は破産債権者の共同担保を害していないのであるから否認権行使の対象となる行為ではないとした原審の判断は、破産法七二条一号の解釈を誤るものであり、この点に関する論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

そして、原審の確定するところによれば、訴外会社は、本件山林持分売買当時、債務超過の状態であつて、訴外会社の債権者としては、その保証人または連帯借用人である破産者に履行を求めなければならない状態にあつたもので、本件山林持分は破産者の唯一の財産であつたというのであり、その他の原審の確定事実よりすれば、帰するところ本件山林持分の売買契約は破産者と被上告人が相通謀して被上告人にだけ優先的に前記貸金の満足を得させる意図をもつてなされたものであるというにほかならないから、本件山林持分の売買は、破産法七二条一号の詐害行為にあたるものというべきである。したがつて、上告人の本訴請求は正当としてこれを認容すべく、これと同旨に出た第一審判決は相当であり、被上告人の控訴は理由がないのでこれを棄却すべきである。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(色川幸太郎 村上朝一 岡原昌男 小川信雄)

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